１．研究目的
津波は沿岸に近づくに連れ波高や流速を増し，陸上部に土砂やサンゴ岩などを移動させ，これらが痕跡となり過去の津波を知るデータとなる．この堆積過程と斜面遡上時の水理特性には関係があるが，現在まで定量的な検討は十分なされていない．本研究では，津波を想定した段波を入射させたときの土砂の堆積量の空間分布と，その地点に到達した津波の流速との関係を水理実験により調べる．
図―１ 実験装置模式図（単位：cm）
２．水理実験の概要
(1) 実験水路および段波発生方法
図―１のような段波発生装置及び一様勾配斜面を有する実験水路を製作した．貯水タンクの水深や斜面勾配を変化させることで，津波の規模を変えることが出来る．ゲート急開により発生した段波は，ある距離を伝播後に準定常状態になる．これを予備実験で確認し，その地点に斜面を設置した．
(2) 斜面特性
遡上過程や堆積状態は粗度や透水性の状況から影響を受けると考えられるので，本研究ではコンクリートやアスファルトで覆われた地域を想定した非透水性斜面と，海浜を想定した透水性斜面を用意する．透水性斜面は次の式
：透水係数（cm／s），
：砂層厚（cm）
：
（s）における水位（cm）
：
（s）後における水位（cm）
で，新潟県のある三つの海岸で砂子ら(1996)により求められた透水係数１×10-1（cm／s）に相当するように，底面に直系４mmの穴を複数あけることにより設定した．
また，透水性斜面では砂回収用の布を表面に貼付けることで海浜の砂の粗度の影響も考慮している．なお，両斜面の粗度係数はManningの式
．た性斜面は底面に直系４り設定し，以下の理論式められた値１×１０
：等流流速，
：粗度係数
：径深，
：路床勾配
を用いて算定した結果，非透水性斜面及び透水性斜面の粗度はそれぞれ0.0125（s／m１／３）， 0.0242（s／m１／３）となっている．
(3) 砂移動の方法
津波のような過渡波により運搬される流砂は大きく二つに分けられ，底面と間断なく接触しながら運搬される掃流砂と，流体中に取り込まれ水深にわたって分布して運搬される浮遊砂が存在する．過去行われきた砂移動実験では主に掃流砂による堆積が対象であったが，実際の津波は掃流力が大きいために浮遊砂が卓越するはずである．そこで本実験ではゲートと連動した砂投下装置を水路部に設置し，斜面突入直前の段波先端付近に実験砂である豊浦標準砂（1200cm３）を投下できるようにし，浮遊砂状態を作り出せるようにしている．
以上に述べた各条件を整理し，表―１に示す六つの条件で実験を行う．
表―１ 実験条件
3. 実験結果および考察
(1) 砂堆積量の空間分布
横軸に斜面方向の汀線からの遡上距離X（cm）を，縦軸に堆積量Ws（g）をとり，堆積分布状況を調べ，非透水の結果を図―２，透水の結果を図―３に示す．非透水の結果には２つの特徴が見られる．１つは，遡上距離に比例して堆積層がほぼ一様に減少するもので，もう１つはX＝40～120（cm）辺りで大きな堆積厚のピークが見られる結果である．後者は，津波の規模が大きく斜面が急勾配のケースで観測され，特徴としては，砂を斜面上に移動させる掃流力（ここでは，流速の時間波形で判断）が大きく，一気に大量の砂移動があり，戻り流れによる砂の浸食があまり影響しなかったと思われる．以上の傾向は透水の場合にも見られるが，堆積層の全体的な位置が汀線に近くなっていることが分る．
図―２ 非透水性斜面堆積分布
図―３ 透水性斜面堆積分布
(2) 流速時系列分布
以上で得られた堆積量と津波の水理量の関係を調べる．直接的には，掃流力，乱流による浮遊力が関係するが，特にこれらを代表する流速値に着目すると，段波侵入時の正の流速値の後に斜面遡上後の戻り流れによる負の流速値が観測されており，その例を図―４に示す．ここでは流速の最大値や最小値ではなく，時間的な積分値を調べ，単純に正の積分値は砂の供給量に，負の値は侵食量に影響し，その差が堆積量であると考える．図―４のS１は正の流速積分値，S２は負の流速積分値を表している．
図―４ 流速時系列分布
(3) 堆積量と流速積分値
斜面の各計測点における流速積分値の和S１+S２と砂堆積量Ws（g）との関係を図―５に示す．結果を見るとほぼ右上がりの直線で近似できることが分かる．その勾配は，透水性，斜面勾配，津波規模に関係し変化している．ただし，いくつかの点でその回帰直線と大きくかけ離れた値を示しており，これは津波の規模の大きな場合のX=40～120cmでの値である．これは図―２および図―３で示した堆積厚のピークに相当し，この場合には単純な関係式では，表現できないことが分かった．
図―５ 砂堆積量と流速積分値との関係
参考文献
砂子 浩・泉谷尊司・石橋邦彦：現位置透水試験装置の開発および海浜の透水係数と海岸侵食との関係について，海岸工学論文集，第43巻，p.531-535 (1996)．