家屋による抵抗を考慮した津波遡上計算

東北大学大学院  学生員 油屋 貴子
東北大学大学院  正 員  今村 文彦


1. はじめに

 沿岸地域の津波被害や危険度を予測するためには,土地利用を考慮した津波遡上計算により,津波の挙動を的確に把握する必要がある.従来の津波遡上計算では,相田(1977)1によるManning粗度を一様に与える方法や,小谷(1999)2による土地利用毎に数段階に粗度を与える方法が一般的であった.しかし,津波の非定常性や個々の家屋を考慮した計算は行われていないのが現状である.そこで本研究では,津波に対する家屋の抵抗をモデル化し,津波遡上計算に取り入れることによって,浸水深や遡上域がどの程度変化するのかを従来の方法と比較する.


2. 家屋の抵抗モデル

2.1 合成等価粗度モデル

 地形モデルやMorison式を用いた抵抗モデルの再現性は高い3が,実際に適用するには複雑である.そこで,精度が高く簡便な方法を検討する.
 流水に作用する力は,底面摩擦力 R1と家屋の抵抗力の和 R2である(図-1).これを再び等価な摩擦力として置き換えることにより,合成等価粗度係数nは式(1)のように導かれる.このとき,家屋の抵抗力 R2は式(2)で表される.

(1)


(2)

ここで,n0は底面粗度,Dは全水深,kは家屋の幅,uは流速,θは建物占有率である.従来の粗度は一定値で与えられるのに対し,合成等価粗度では家屋の影響が占有面積率と水深によって評価される.


2.2 抵抗係数CDの算定

 津波は非定常性が強く波力や衝撃力などが作用すること等の影響があるために,定常流におけるCD値を用いた場合には,抵抗力を過小評価してしまうと考えられる.そこで,非定常下でのCDを算定するために,図-2に示す全長12mの水路で水理実験を行った.水路には家屋を想定した角柱模型を2つ設置し,水路端の鉛直造波板から段波を発生させた.家屋間の距離は 10,20,30,50,80,100cm,静水深は5cmおよび10cmに設定した.
 CDはそれぞれの模型で式(3)より算定し,平均値をとった.Fmaxは抵抗力の最大値である.算定したCDは,図-3のように家屋間隔および密度に関係していることがわかる.非定常下の付加質量力もCD を用いてモデル化しているので,その値は通常より大きい.本実験で想定した津波を現時スケールに換算すると,住宅地域で6mおよび3m程度の波である.浸水深と家屋被害の関係4から考えると,最大規模と中規模の波を想定していることになる.しかし,津波規模による係数の違いはみられないことがわかった.
 次に,これらの係数を用いて実験の再現計算を行った.模型通過後の全水深を図-4に示す.格子幅dxが小さくなるほど実験値と良好に一致していることがわかる.ただし,若干の時間的遅れが生じている.

(3)

3. 実地形への適用

3.1 計算条件

 計算対象領域は,図-5に示すように,1次元岸沖方向に仙台湾の平均的な地形勾配をもつモデル地形に,仙台湾沿岸の荒浜住宅地域を想定した居住区(長さ360m,幅600m)を配置した.計算に用いる粗度は,表-1に示すように,合成等価粗度,土地利用を考慮した一定粗度,土地利用を考慮しない一様粗度の3種類である.荒浜は住宅が密集した地域なので,合成等価粗度の CDは,L/K=1の場合に相当する3.3を用いた.また,家屋幅 kは10mとした.空間格子間隔dxは5,10,20,50,100,200mの6ケースとし,周期10分,振幅4m,7mの正弦波を沖側の境界から強制入力した.


表-1 粗度の設定値

居住地域
その他
合成等価粗度
0.025
一定粗度
(小谷,1999)
0.06
0.025
一様粗度
0.025
0.025
 


3.2 計算結果および考察

 格子幅を小さくし,家屋を高い地盤とみなす計算手法(地形モデル)で最も良い結果が得られることがわかっている3ので, 地形モデル(dx=2m)の計算結果を比較対象とする.
 居住区を通過後300mの点における最大浸水深について,dx=2mによる計算値との誤差を比較した結果を図-6に示す.全体的に,津波規模が小さい場合に誤差が大きくなっており,波の規模が大きいほど家屋の影響を強く受けることがわかる.一定の粗度を用いた従来モデルでは,特に入射波の振幅7mの場合に格子間隔による差がほとんどみられない.
 合成等価粗度を用いた場合はdx=50m以下の格子間隔において誤差が10%以下となっており,従来モデルに比べて精度が向上することがわかった.一方,格子間隔の大きなdx=200mについては過小評価となるので従来モデルを用いたほうがよいといえる.

参考文献

  1. 相田勇:陸上に溢れる津波の数値実験−高知県須崎および宇佐の場合−地震研究所彙報,第52号,pp.441-460,1977
  2. 小谷美佐:GISを用いた津波計算と被害推定法の開発,東北大学修士論文,pp.18-30,1999
  3. 油屋貴子,今村文彦:津波数値計算における構造物の抵抗モデル,平成12年度東北支部技術研究発表会講演会概要
  4. 首藤伸夫:北海道南西沖地震津波における家屋の被害:津波工学研究報告,第11号,1994


図−1 合成等価粗度モデルの概念


図−2 実験装置の概略


図−3 抵抗係数CDの算定結果


図−4 実験値と計算値の比較(全水深)


図−5 モデル地形の概略


図−6 最大浸水深の誤差比較



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