構造物に作用する段波波力の実験
−構造物を越流する場合−

東北大学大学院工学研究科  学生員 水谷 将
東北大学大学院工学研究科  正 員  今村 文彦


1. はじめに

 我が国の沿岸域においては,1960年のチリ津波の被災以降,防潮堤や防波堤などの津波 防災施設が精力的に整備され防災対策の一躍をになってきた.その一方で,沿岸の環境保全, 景観への要求および防災予算の緊縮といった時代背景を受け,対象津波高さを十分防ぐことの 出来る天端高さを確保する事が年々難しくなっている.また対象津波を上回る規模の津波の 来襲する可能性もあり,従来想定しなかった「防潮堤を越流する津波」を考えることが必要と なってきている.しかし想定以上の津波が生じた場合,防波堤,防潮堤のような構造物がその 津波に対してどの程度の効果を示し,その背後域にどのような影響を及ぼすのかについては未だ 不明であり,越流を許容する具体的な防災対策は行われていない.このような現況を踏まえ, 本研究ではまず室内実験水路の一端に台形モデルを設け,傾斜構造物を越流する段波が構造物に 与える波力およびその越流量を詳細に測定し,その特性(特に波圧や越流量)の定式化を試みた.

2. 実験方法

 使用した装置は図-1に示すように高さ0.44m,幅0.3m,全長12mの アクリル製矩形水路である.水路の一端に岩手県田老町の防潮堤にならい,台形(前面勾配は1:1, 後面勾配は1:1,1.25,1.5の3ケースを設定),縮尺約1/30の堤体を設け,このモデルの天端, 後面,および背後面中央部上を移動できる高精度の波圧計(直径1cm,定格容量9,800Pa)1基を 取り付けた.段波は鉛直造波板を水路傾斜板方向に平行に約1m,一定の速度で移動させることにより 発生させた.また,段波の波形変化,波速を測定するために,水路の造波板側,中央部,モデル直前, およびモデル天端中央部に計4基の水位計,モデル天端中央部にはプロペラ流速計1基も配置した. 実験条件は,静水深h=10,11,12,13,14,15cm(実スケールでh=3〜4.5mを想定)の 6ケースについて天端上の流速および波高を測定し,静水深h=10,12,15cmの3ケースについて, 天端,後面および背後面上に作用する波圧を2〜4cm間隔で測定した.

図−1 実験装置

3.実験結果および考察

(1)越流波圧の検討

 各測点における波圧の変化を図-2に示す.ここで,横軸xは,モデル 天端前面側端点を起点(x=0)とし,水平流れ方向を正とする.@,A,Bは各々天端域,後面域, 背後域を示す.後面勾配1:1の場合,モデルを越流した段波が落下し衝突するモデル後面底部から 背後域にかかる範囲で急激に大きくなり最大値を示す.しかし,後面勾配1:1.5では,最大値はその 半分程度である.この最大越流波圧pmと関係が大きいと予想される因子は,越流水深 Hw,モデル天端最大流速Vm,モデル高Hd'(=0.17m), モデル後面勾配θ,波圧作用時間t等である.本研究では運動量保存則をもとに,越流段波による 波圧の算定式として次式を提案する.

(1)

 ここで,ρは水の密度,gは重力加速度,t0(=1)は作用流体の天端通過時間,Lは 波圧作用幅,そして越流波圧係数Aは実験により決定される無次元係数である.図-3に最大越流 波圧に関する実験結果を示す.ここで,越流波圧の測点および時間変化の実験結果より L=0.02m,t=0.002s(後面勾配1:1,1.25),t=0.004s(後面勾配1:5)として算定した. この結果より本研究では,A=3/1000を提案する.

図−2(a) 波圧の測点変化(後面勾配1:1)

図−2(b) 波圧の測点変化(後面勾配1:1.5)

(2)越流量の検討

 本研究では越流量Qを次式により算定した.

(2)

ここに,Qは単位時間あたりの越流量,Bはモデルの幅,Rは曲率半径,Hpはモデル 天端上の測点鉛直高,Hw越流水深,Vmはモデル天端上の最大流速である. 本研究では曲率半径をモデル底部中央から天端端部間の長さとした.
 本間(1940)は,実験により得られたデータをもとに台形せきを越流する 流量算定式を提案している.台形せきの前面勾配m1=0〜4/3,後面勾配m2 ≧5/3の場合,次式で表される.

(3)

ここに,Qは単位時間あたりの越流量,Bはモデルの幅,Hwは越流水深,Hd モデル高,そしてCは越流係数である.越流係数Cについて本実験および本間式の比較検討結果を 図-4に示す.これより本実験値は,本間式による算定値よりも明らかに大きい値をとり,C=4程度 である.よって,本研究では越流量Qについて次式を提案する.

(4)

図−3 越流速,越流水深および最大越流波圧に関する関係

図−4 越流量に関する本間式との関係

4.おわりに

 モデル近傍の背後部において,段波の越流により極めて大きな波圧が発生し,この波圧は モデルの後面勾配により大きな影響を受けることがわかった.また,最大越流波圧および 越流量について,新しい算定式を提案をした.今後,さらに最大越流波圧および越流量について 検討を行い,堤体を越流する場合に関する設計フロー図を提案したいと考えている.

参考文献

  1. 本間仁(1940):低溢流堰堤の越流係数,土木学会誌,第26巻,6号, pp.635〜645,9号,pp.849〜862.

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