1998年パプアニューギニア・アイタペ津波の数値解析

東北大学大学院工学研究科

 学生員

橋 和正

東北大学大学院工学研究科

 正 員

今村 文彦


1. はじめに

 1998年7月17日に発生したパプアニューギニア・アイタペ津波は,パプア・ニュ ーギニア西セピック州シッサノ沿岸30kmにわたる地域に被害を及ぼし,津波高が最大 で10mを超える巨大津波であった.1)想定される地震 の規模(M=7.1)からは通常あり得ないこの大津波の発生メカニズムに関して,調査 ・解析が現在も行われている.本津波の原因として,

 @海底地形の影響

 A断層以外の津波発生源(海底地滑り,崩落など)

が挙げられているが今だに解明されていない.

 そこで本研究では,海底地形の影響,そして津波地震と海底地滑りの可能性の 検討を,主に数値計算によって行い,この津波発生機構を解析していくことを目的と する.

 

2. 海底地形の影響

2 - 1 はじめに

 昨年1月に得られた新しい海底地形データ2)は ,非常に精密である.特に従来の地形図には,ラグーンの左右にある海底谷はなかっ た.実際にこの地形データを用いて津波伝播計算を行った結果,シッサノ沿岸30kmに 津波が集中するという結果が得られた.しかし,どこでどのような地形の影響を受け て波が集中するかという過程は知られていない.そこで,まず海底地形が津波伝播に どのような影響を与えるのかを波向線法3)を用いて 検討する.

 

2 - 2 計算結果

 実際の津波の伝播は,断層の長さ,走向によっても大きく左右される.断層に よる津波の伝播の特徴を把握するため,断層の走向方向に1km間隔に,1本ずつ波向き 線を放出するようにプログラムを修正して,計算を行った.その結果をFig.1(左)に示す.これによると,波向線が丸印で記した領域 で大きく屈折し,その結果波向線がSissano LagoonとMalol周辺に集中していることが分かる.また,海底地滑りの場合を考慮し て,点源から360°に波向線を引いてみた.その結果の1つをFig.1 (右)に示す.結果は断層を設定した場合と同様の結果が得られた.これらの結 果よりラグーン周辺の独特の地形(海底谷)が津波の集中を促す要因であることが分 かった.

 

 

 Fig.1 波向線(例)

   

3. 推定断層による津波伝播計算

 精密な地形を用いて,断層による津波の伝播計算を行った.海底断層の位置は 現地調査をもとに設定した.また断層パラメータは,表面波マグニチュードとモーメ ントマグニチュードの差がほとんど無いこと,現地調査の結果,津波被災地を中心と して広い範囲で住民が震度5から6弱を感じていること,本震や余震による液状化の大 小の痕跡が砂嘴上の集落に数多く見いだされていることから,今回の地震は,「高角 逆断層」と判断した.設定した断層パラメータをTable.1に 示す.

 

Table.1 断層パラメータ

L(km)

W(km)

TH(°)

DL(°)

RD(°)

D(m)

40

20

270

70

90

2.15

(L:断層の走向方向の長さ,W:傾斜方向の長さ, 

TH:走向,DL:傾斜,RD:滑り角,D:食い違い量)

 沿岸での最高水位分布をFig.2に示す.Fig.2において,計算結果と実測値を比較すると,双方とも WarapuとAropの周辺でもっとも水位が高く,津波が集中している点で最高水位の空間 分布の形状は,一致していることが分かる. しかし,計算値は実測値と比べてまだ非常に小さいことが分かる.  

 断層パラメータとマグニチュードは統計的にある程度の関係式が成り立つが, ばらつきもある.そこで,このばらつきを考慮して津波高ができるだけ大きくなるよ うに断層パラメータを設定して再び伝播計算を行った.しかし結果的には最大のピー ク値で6m弱であり,実測値には遠く及ばない.よって,推定されるマグニチュードか らは本津波の推定が困難であることが分かる.ゆえに本津波の原因として考えられる ケースは,

 @通常のマグニチュードからは推定できない,特殊の断層運動であった場合

 A断層運動以外に海底地滑り等の他の津波発生源があった場合.

の2つが挙げられると思われる.

Fig.2 汀線における最高水位分布

 

4. 津波発生源の推定(1) ミ 位置の推定

4 - 1 推定方法

 3の結果より,海底地滑りを想定してまず津波発生源の位置を推定する.ある点 から波向線を放出する計算法は2-2と同様である.また津波到達時間分布は,Davis< SUP>4)によって調査されているので,これを用いて計算結 果と比較する.

 

4 - 2 計算結果

 局所的な海底地滑りを考慮して,1点から360°に1°ずつ波向線を放射して,波 向線が沿岸に到達した時間の空間分布を出した.その結果を調査結果と比較する.津 波発生源を設置した位置をFig.3に示す.この12ケースの計算 結果のうち,Sissano Lagoonに非常に近い領域(Case-6からCase-8周辺の領域)で津波が発生した場合が, 調査結果から得られた津波到達時間分布を十分に説明できる,ということが分かった .Case-6,8の結果をFig.4に示す.

Fig.3 津波発生源の設置位置

 

Fig.4 計算結果(Case-6,8)

 

5. 津波発生源の推定(2) ミ 海底地滑りの津波伝播計算

5 - 1 はじめに

 4-2の結果より,この領域に実際に海底地滑りを設定して津波数値計算を行い,

 @沿岸での最高水位分布

 A津波到達時間の空間分布

を現地調査結果と比べることによって,海底地滑りの位置や規模(広さと厚さ) を推定していく.最後に,海底地滑りの発生時刻の検討を行う.

 

5 - 2 計算方法

 土石流を考慮した二層流数値計算法が松本ら5) によって開発されている.そこでこの計算法を用いて,数値計算を行う.本計算では ,大まかな海底地滑りの推定を目的としているので,地滑りの形は簡単に円形とし, 層厚も一様とした.

 

5 - 3 計算結果

 海底地滑りの位置,直径,最大層厚を変化させて様々なケースの海底地滑りを 設定し,数値計算を行った.その結果,地滑りの位置はFig.3のCase-6と8の間,規模 は体積であらわすと約7〜9×109m3の範囲に設定すると,最高水位分布・沿岸への津 波の到達時間分布ともに調査結果とほぼ一致する.そのケースをTable.2Fig.5に示す.

 海底地滑り発生時刻の推定は,津波到達時間について現地調査結果と計算結果 の差を算出すればよい.Fig.5をみると,その差は約8〜10分であることから,海底地 滑り発生時刻は本震(18:48)が起きてから約8〜10分後,つまり18:56〜58である と考えられる.

 

Table.2 海底地滑りの設定(例)

海底地滑りの中心位置

広さ

最大層厚

体積

Fig.3のCase-6と8の間

直径:15km

45m

7.96×109m3

 

Fig.5 計算結果(例)

 

6. 結論

 昨年までに得られた現地調査結果をもとに数値解析を行い,「海 底地滑りが本津波の主要因である」という可能性を示すことができた.

 

参考文献

1) 河田恵昭・他(1999):1998年パプアニューギニア地震津波の現地調査,海岸工学論文 集,第46巻,pp.391-395.

2) David Tappin・他(1999):Offshore surveys identify sediment slump as likely cause of devastanting Papua New Guinia Tsunami 1998,EOS,AGU,pp.329,334,340.

3) 李昊俊(1997):屈折現象に注目した津波数値計算の精度,海岸工学論文集,第44巻, pp.276-280,1993.

4) Davis,H.,1998:The Sissano Tsunami 1998,Extracts from Earth Talk,Univ.Papua New Guinia,(ISBN 99808-85-264-X),34.

5) 松本智裕 ・他(1998):土石流による津波発生モデルの開発,海岸工学論文集,第45巻,pp.346 -350

 


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