仙台湾沿岸における防潮林の津波低減効果
東北大学工学部 | 学生員 | ○油屋 貴子 |
東北大学大学院工学研究科 | 正 員 | 今村 文彦 |
1. はじめに
津波に対する防潮林の効果については,首藤1)が過去の津波被害の事例から防潮林の減災効果や限界を示したが,定量的な根拠に基づいた議論はなされていなかった.そこで,本研究では,仙台湾沿岸の防潮林を対象に現地調査を行い,現地での防潮林の抵抗をモデル化し,どの程度の津波に対してどのような低減効果を有するのかについて,数値計算をもとに検討を行う.
2. 防潮林マップの作成
2.1 概要
数値計算モデルに防潮林の効果を導入するためには,従来のモデルに使われている地形データに加えて,防潮林の密度,植生,配置,面積などに関するデータが必要である.広域にわたる防潮林を対象にこれらの情報を得ることは困難なため,現地調査と航空写真を組み合わせて防潮林の情報を得ることとした.
2.2 現地調査と航空写真の利用
調査は図−1に示す7か所で行った.これらは本対象領域での植生についての代表的な地点であり,ここで得られた諸元を利用できる.ただし海岸線と直行する方向にも植生が変化しているため,海岸線へ向かってほぼ等間隔ごとに2〜4地点で測定を行うこととし,合計19地点とした.測定項目は,(1)幹の周長,(2)100m2中に存在する幹の本数(密度),(3)樹高,(4)葉の密度である.(1),(2)は直接測定することができる.(3)は直接測定することは難しいのでレーザー距離計を用いて頂部と葉部までの高さをそれぞれ測定した.(4)についてはデジタルカメラで撮影した葉の画像を,葉を黒,それ以外を白に2値化して投影面積比を求め,これから密度を推定した.このようにして測定した各地点ごとの平均値を算出し,その地点の代表値とした.また,防潮林幅,汀線からの距離や位置などの情報は現地で得ることは難しいので航空写真(縮尺:1/8000,1998年3月撮影)を利用した.
2.3 防潮林マップの作成方法
まず,航空写真から求めた防潮林の情報をもとに防潮林を幅,形状などが類似した43の区間に分割し,図−1のように計算格子ごとに防潮林あり・なしのいずれかの値を入れたデータを作成した.黒は防潮林が存在する領域を表す.さらに,必要とされる防潮林マップとは,防潮林が存在する範囲に現地調査を行った19地点に対応した情報を入れたものである.現地調査を行っていない場所では原則的に最も近い地点の代表値を用いることとし,植生が大きく変わるようなところでは類似した植生状態をもつ地点の代表値を選んでそのデータを与えた.防潮林マップを図−2に示す.
3. 防潮林の数値モデル
防潮林の効果をモデルに取り入れるため,計算は浅水理論式の運動方程式に防潮林の抵抗を表す項を付加したものを用いる.また溯上計算も行う.防潮林の抵抗は幹と葉の部分で大きく異なるで,分割して考えるものとすると,x方向の単位体積あたりの抵抗Fxはモリソン式にならい,次の式(1)のように表すことができる.
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(1) ここで,CMT, CML:幹,葉の付加質量係数2),CDT, CDL:幹,葉の抵抗係数2),V:水の部分の体積,VT:幹の体積,VL:葉の体積である.y方向の抵抗Fyについても同様に考える.また,D1 ,D2は全水深Dと木の高さの関係から,
(ウ) D1= H1 ,D2= H2 (D≧H2)
(エ) D1= H1 ,D2=D (H1<D<H2)
(オ) D1=D2=D (D≦H1)
の3つの場合に分けられる.H1:葉部までの高さ,H2:頂部までの高さを意味する.VT /V,VL/Vは,現地調査で得られた種々の測定値を用いて表すことができ,式(2)のようになる.
ここで,S:幹の太さ(m),N:100m2中に存在する幹の本数,A:葉の投影面比,Δx,Δy:空間メッシュ幅(=50m)である.
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(2) 4. 数値計算結果と考察
4.1 モデル地形での計算条件
ここでは,まず,対象領域における1次元岸沖方向に,仙台湾の平均的な地形勾配をもつモデル地形での数値計算を行い,防潮林の幅や入射津波高さによる効果を調べた.防潮林の幅は50〜700mの9種類とした.本対象領域で50mは最低,700mは最高の防潮林幅である.冲側の入射条件として周期10分,振幅2m,5m,10mのsin波を与えている.また,防潮林のデータは,仙台湾沿岸における防潮林の平均的なデータとして,樹高は頂部10m,葉部5m(ただし,最も海岸線に近いメッシュでは頂部5m,葉部2mとした),幹の周長50cm,1メッシュあたりの樹木の本数825本,葉の投影面積比0.65を仮定している.なお,葉と幹ともに付加質量係数2.0,抵抗係数1.0を仮定し,Manningの粗度係数は0.025とした.
4.2 モデル地形での計算結果
まず防潮林付近の波形について詳しく見るために,防潮林に津波が到達した直後の水位の空間分布について図−3に示した.入射波の振幅2 m,周期20分の場合である.この図より,防潮林がある場合には防潮林手前で水位が上昇し,内部ではしだいに低下していることがわかる.また1100sと1200sの波形を比べると,防潮林に到達した直後の1100sの方が内部での減衰が大きくなっている.これは,波の先端では流速が大きくなっているため,樹木に衝突する際に失われるエネルギーが大きいことが原因であると考えられる.次に防潮林手前での反射率と通過後の浸水深の減衰率について入射波振幅別にみたものを図−4,図−5に示す.これらの図より入射波振幅が大きくなるにつれて反射率が増していることがわかる.これは防潮林手前での水深と葉・幹の高さの関係によるものである.つまり,入射波振幅1mでは幹による反射のみであるが振幅が大きくなるにつれて葉部での反射が付加されるからである.しかし,首藤1) によると本計算で設定した直径約15 cmの樹木の場合,防潮林手前または内部の浸水深がおよそ5 mの津波に対しては切断や倒木により無効果であることが示されている.また,長周期の20分の方が減衰率は小さくなっている.次に,防潮林幅による波高の減衰効果についてみると,図−6のように防潮林幅と,浸水深の減衰率にはほぼ比例関係があることがわかった.
4.3 実地形での計算結果
ここでは,実際の地形データと防潮林マップを用いて,対象領域に防潮林の数値モデルを適用した.浸水面積は防潮林の有無により図−7のように変化した.これは入射波周期10分の場合である.全体的には減少するが,地形や植生状態などの影響により局所的に流れが集中し,防潮林がない場合よりも浸水域が広がるところも見られた.入射波振幅・周期別にみた浸水面積の減少率を図−8に示す.図−8より入射波振幅が大きくなるにつれて浸水面積の減少率も大きくなる傾向が見られ,例えば,3 m入射高の津波に対しては,3〜4割の浸水面積の減少が見られた.
5. おわりに
本研究では,現地での防潮林の抵抗をモデル化し,数値計算を行うことにより,浸水深や浸水面積の減少量を算定することができ,防潮林の定量的な低減効果についてある程度検討することができた.
参考文献
- 首藤 伸夫:防潮林の津波に対する効果と限界,海岸工学論文集,第32巻,pp.465-469,1985.
- 野路 正浩・今村 文彦・首藤 伸夫:津波石移動計算法の開発,海岸工学論文集,第40巻,pp.176-180,1993.
- 土木研究所:防災樹林帯の氾濫流制御効果,土木研究所資料3538号,104p,1998.
- Hamzah.L,K.Harada and F.Imamura:Experimental and numerical study on the effect of Mangrove to reduce Tsunami,東北地域災害科学研究,第35巻,pp.127-132,1999.
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![]() 図−4 入射波振幅と減衰率・反射率の関係(入射波周期10分) |
![]() 図−5 入射波振幅と減衰率・反射率の関係(入射波周期20分) |
![]() 図−6 防潮林幅と減衰率の関係(入射波周期10分) |
![]() 図−7 浸水面積の変化(入射波周期10分) |
![]() 図−8 浸水面積の減少率 |
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