ミレニアム津波ハザードとは

低頻度リスク評価の現状

河田(2000)によれば,人的被害の90%以上は,5%以下の低頻度巨大災害(数百年に一回の頻度)に起因している. また,原子力発電所などの重要施設においては,さらに低頻度(最終的には十万年に一度の頻度)のハザードに対しても定量的に評価する必要が出ている. 我が国では,豊富な歴史史料を基礎として,先進的な数理モデルによる理学・工学的研究が行われ,世界で最も信頼性の高い自然災害リスク評価手法が提案されてきた. ただし,江戸時代から現代まで(〜約400年間)は質・量ともに十分であるものの,それ以前の情報は限定的である. また,多くの歴史史料には,イベント(発生事実や被害の概要)に関する記述はある が,ハザードおよび被害発生メカニズムに関する記述は極めて少ない. そのため,影響度や影響規模の定量的評価は困難である. さらに,当時の地形や環境条件を再現する手法が十分確立されておらず,現況によるミレニアム津波ハザードの解析結果には疑問が残る.

津波堆積学的データの重要性

1980年代以降,津波により陸上や潮間帯にもたらされた砂質堆積物(津波堆積物)や数メートル大の巨礫群(津波石)についての実例と解析結果が相次いで報告されている. 津波堆積物や津波石から,過去数千年に渡る津波の発生履歴,局所流況,津波外力などが推定できる場合があり,現在では津波発生直後に行われる緊急調査時の重要な調査項目の一つとなっている. さらに,こうした成果は中央防災会議でも取り上げられ(北海道での500年に一度の地震津波),我が国における津波防災計画立案に大きく寄与している.

2004 年インド洋大津波後の津波研究の飛躍

人類史上最大の津波被害を出したインド洋大津波(ミレニアム津波ハザードの代表例)について,我々を含む世界各国の研究グループが,津波堆積物,津波石移動,沿岸地形変化,植生への影響に関する詳細な調査を行い,実態解明に加え,津波水理量との詳細な比較研究が行われてきた. また,我々は人的被害,建物被害,植生被害を対象とした被害関数の構築も行い,被害実態把握に関する研究も大きく進展した. 同津波に関する我々の研究は,国連機関(ISDR),振興調整費,JST-JICA などの大型プロジェクトへと発展している. 一方,他の研究グループは,世界中の低頻度津波発生地域を対象としたリスク評価を精力的に行っているが,海外では歴史史料が少なく,リスク評価が難航している.

本研究グループのこれまでの実績・成果

我々は,インド洋大津波による人的・社会的被害だけでなく,地形や生態系へのインパクトと回復過程についても研究をしており,その実績は世界的にも高く評価されている. 特に,津波数値計算上の制約条件としての津波堆積物・津波石の有用性に着目し,これらの移動形態の解明やモデル化を行ってきた. 開発した数値モデルの現地適用性の評価は終わっており,現在では,例えば波源情報が無くても,津波堆積物や津波石の分布などから津波の局所外力を評価できる段階に入っている.

本研究が対象とするミレニアム津波ハザード

本研究では,以下の3段階の研究を,防災学・津波工学に,災害史学・地形学・堆積学とを融合させて多角的に行う(図1).

研究体制

図1:研究体制.

本研究では,869年貞観津波(東北地方太平洋沿岸部;図2)と1771 年明和津波(沖縄県宮古−八重山諸島;図3)を対象に,津波ハザードの定量的評価を行う. いずれも,千年程度に一度程度の低頻度災害であるが,死者数千〜一万名以上(当時)を出し,社会構造も大きく変えた大災害である. これらの歴史的記述は断片的ながらも残されており,世界的に見ても史実と痕跡史を詳細に比較できる極めて稀な事例でもある.

貞観津波
図2:既往研究により推定された貞観津波の波源と,現在までにわかっている津波堆積物分布.
明和津波
図3:宮古−八重山諸島における津波石の大局的分布.ハッチは既往モデルによる波源位置を示す.
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